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お香-金沢市 蘭奢待(らんじゃたい)黄熟香

蘭奢待(らんじゃたい)黄熟香

蘭奢待(らんじゃたい) 正倉院
蘭奢待(黄熟香) 正倉院 正倉

蘭麝侍

焚屋の正倉院展 「蘭奢待」レポート
(正倉院展で蘭奢待を見て感じたこと)

焚屋 蘭奢待レポートはこちらをクリック

第63回 正倉院展 奈良国立博物館
(2011年10月31日)

 

蘭奢待 らんじゃたい 東大寺

★どんな木?★
蘭奢待(らんじゃたい)は香木沈香の一種。 沈香とは?こちら
正式名称は黄熟香(おうじゅくこう)で、
蘭奢待とはその文字の中に東大寺の名を隠した雅名である。
全長156cm、最大径43cm、重量11.6kg(ベトナム産)錐形の香の原木。
鎌倉時代以前に入ってきたようなのですが、その入手経路や
運搬経路などの詳細は不明で多くの謎が残ります。
この沈香を試香された明治天皇は、その香は「古めきしずか」と表現された。
約1200年たった今も香りが残っていることが宮内庁正倉院事務所の
科学調査でガスクロマトグラフィで香りの成分を分析したところ、
沈香との同一性を確認出来、明らかになった。
産地は、ベトナムからタイにかけてと思われる。

★正倉院開封歴史上の偉人★
正倉院を開封した歴史上の人物は
寛仁三年(1019年)、藤原道長が開封
至徳二年(1385年)、足利義満が開封(切り取った説もある)
永享元年(1429年)、足利義教が開封
寛正六年(1465年)、足利義政が「蘭奢待」を右側を削り取る。
天正二年(1574年)、織田信長が「蘭奢待」を中央側を削り取る。
明治十年(1877年)、明治天皇が「蘭奢待」を左側を削り取る。
と言われています。

★香と仏教について★
元来、立ち上る香煙は、神々を喜ばせ神と人間との距離を結ぶための
捧げ物でした。仏教界の輪廻転生の教えによると、
死者には四十九日の間、絶やすことなく香を手向け
続けなければなりません。香木の幽玄な香りは、
他に類の無い大変に貴重なものだったのです。

★蘭奢待はどこでとれる★
東南アジアで産出される沈香と呼ばれる高級香木で、
日本には9世紀頃に伝えられたとされる。
奈良市の正倉院(元は東大寺の倉庫であったが
明治以降は国が管理)に収められており、
これまで足利義政、織田信長、明治天皇、
足利義満(公になっていない)らが切り取っている。

★蘭奢待の切り口★
2006年1月に大阪大の米田該典助教授(薬史学)の調査により、
あわせて38ヶ所の切り取り跡があることが判明している。
切り口の濃淡から切り取られた時代にかなりの幅があり、
同じ場所から切り取られることもあるため、
これまで50回以上は切り取られたと推定される。
蘭奢待の中空部分は鑿で樹脂の含んでいない部分を切り取ったため
中空になっている、このやり方は9世紀以降から行われており
全浅香よりも新しいことが分かる

★蘭奢待(黄熟香)と香気★
香は年月と共に香気を失うのが一般的だが「蘭奢待」は1200年もの間、
香気を保ち続けてきた。こんなに豊かな薫が残っているのは非常に驚きだ
香りは、爽やかで軽い香りで複雑な香りではなく単一の香りらしい。
高温で焚いても同様の香りがするため、安定して熟成された香りの
繊維と思われる。

紅塵(全浅香)と蘭奢待(黄熟香)の画像と香気の詳細はこちらクリック

★全浅香(紅塵)とは?★
長105.5 重16.65㎏ 
沈香系統の香木。沈香のうち樹脂分の少ないものは
水に浮沈が定まらず「浅香」と呼ぶ。
牙牌が付属し、その銘文より天平勝宝5年(753)3月29日
仁王会に用いたのち東大寺大仏に献納されたものとされる。
国家珍宝帳記載品。 

★江と蘭奢待と織田信長★
NHK大河ドラマの「江」でも江織田信長が、江に何気に渡していた香木が
「東大寺=蘭奢待(らんじゃたい)」です
「私、この香りが好き!」と言っていました。(ドラマ上のフィクションですが)

権力を掌握した信長は朝廷に蘭奢待を差し出すよう命じ
短刀を取り出して 「一方は天皇に献上し、もう一方は自分が使う」 と言って
蘭奢待の一部を2ヶ所、無造作に切り取って持って行ってしまいます。
黄熟香を持って東大寺に呼ばれた僧は、信長が黄熟香を気に入るや
否や「切り取れ」と命じるが、僧は道具を持っていなく仕方なく乱暴に
はぎ取ったという説もある。
香木は以上に硬い(樹脂分が多いため、)香道具が必要
翌月、織田信長はその蘭奢待を炊いて茶会を催しました。

★伽羅 or 沈香★
よく言われるのは、黄熟香は伽羅?沈香?
黄熟香という言葉は中国での分類方法で、伽羅という言葉自体は
室町時代以降のものである。産地はベトナムかタイなので、
シャム沈香か伽羅で間違いないと思われます。
成分化学的分析では、伽羅といえる

★徳川家と蘭奢待★
銘香“蘭奢侍”は、時の権力の象徴として
数々の逸話を作り出しました。信長は、宗及と利休に
1包ずつ分け与えたといわれますが、名古屋の徳川美術館にも
同名の“蘭奢侍”が保存されていることから、家康も裁断したものと
思われます。

★淡路島にたどり着いた香木は蘭奢待?★
全浅香よりも新しい蘭奢待の可能性は低く、
天平勝宝5年(753)3月29日の仁王会に
用いたのち東大寺大仏に献納されたものであるとの記述がある。
もともとは香薬として献上されたが、巨木の為、珍しがられ保存の対象となった
全浅香も時代背景的に、まだ新しい部類かと思われます。
聖徳太子伝歴では、法隆寺にある香木を聖徳太子が鑑定した説もあり、
法隆寺の香木の方が可能性は高い。

◆日本書記◆によると594年、淡路島に長さ2メートルの香木が漂着し、
島民が薪代わりにかまどの火の中に投げ入れたところ芳香を発しため、
この木を宮中に献上したと記されいる。

◆聖徳太子伝歴◆ではこの故事にふれ、『聖徳太子がその献上された
木をすぐに沈香木と見分け、この一部で仏像を彫り、
残りを法隆寺に納めた』とある。
この沈香は607年に法隆寺の建立と共に奉納された、
日本最古の香木“法隆寺”として知られる。

上記点から、法隆寺の香木が一番可能性が高いと思われる



蘭奢待 焚屋レポートはこちら

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第63回 正倉院展 奈良国立博物館
(2011年10月31日)

関連用語
紅塵(全浅香)についてはこちらクリック

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